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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)302号 判決

反訴原告

片山裕子

反訴被告

松本敏博

主文

一  被告は、原告に対して、三六六万九〇一六円とこれに対する平成三年一二月二三日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の求めた裁判

被告は、原告に対し、金三三〇〇万円及びこれに対する平成三年一二月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(なお、被告の提起した本訴事件―当庁平成四年(ワ)第二〇九〇号債務不存在確認請求事件―は、反訴の提起に伴い取り下げられた。)

第二事案の概要

一  原告は後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷し、損害を被ったとして、相手方車両の保有者にして運転者である被告に対して、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害の賠償を求める。

二  本件事故の発生(争いがない。)

1  発生日時 平成三年一二月二三日午後六時三〇分ころ

2  発生場所 神戸市中央区西町三五番地先路上

3  被告車両 普通乗用自動車(神戸五〇け九七六二)

4  運転者 被告

5  争いのない範囲の事故態様

東行き一方通行の規制のある東西方向の道路を東に向かって進行してきた被告車両が、道路南側に駐車しようとして後退中に、南側歩道から北側に渡ろうとして車道に下りた歩行者である原告(昭和三一年一一月生。当時三五歳)に衝突し、転倒させた。

6  被告は、本件事故について原告に対して、別紙「弁済一覧表」のとおり、合計三五五万〇八四一円を支払った。

三  争点

1  受傷の部位・程度・症状と事故との因果関係

2  素因減殺

3  過失相殺

4  消滅時効の成否、中断事由の存否

5  損害

四  原告の主張

1  原告は、本件事故により、頭部打撲、頸推捻挫、腰背部打撲、左膝擦過傷の傷害を負い、別紙のとおり入通院して治療を受けたが、平成七年六月末ころ症状が固定した。

2  前屈位の状態で一本杖をついて歩行し、背中を伸ばすと痛みが激しく、歩行能力は五~一〇分間程度である。検査所見では異常は確認されていないが、前屈位による筋拘縮、関節拘縮があり、筋力が著しく弱化している。

3  原告の現在の傷病は、心因性疼痛(疼痛性障害)である。背部、下肢を中心に全身の痛みがあり、姿勢を変える、歩くなどの動作にも支障を来す状態である。平成七年六月ころ固定して慢性化しており、症状改善の見込みは乏しい。悪化させないために整形外科と神経科との保存的対症治療が必要である。

発生機序としては、本件事故の衝突による恐怖と衝撃が痛みを誘発し、事故の処理や治療を通じて、他者から痛みが理解されないことによる心理的ストレスにより全身症状が増悪したものである。

疼痛は心身の一方だけの要因によって生ずることがある。身体的に器質的な病変が原因となる場合には医学的社会的に認知されているが、精神的に心理的要因が深く関与している場合には社会的には殆ど知られておらず、医学的にも精神科医師以外には理解されていない。この無理解が原告の症状を増悪させているものであって、本件事故が誘因となっていることは間違いがない。

4  原告は現在も就労不能状態にある。

仮に、原告の症状について原告の心因の寄与度を考慮する場合には、労働能力喪失率は一〇〇パーセントとして考慮すべきである。

5  原告には、別紙損害計算表のとおりの損害が生じたから、そのうち三〇〇〇万円と、これに対する弁護士費用三〇〇万円の支払を求める。

6  時効中断事由の存在

被告は、平成四年九月四日に慰謝料内払いとして八五万二八八一円を原告に支払っており、同日、債務の承認により時効は中断した。

五  被告の主張

1  原告の症状と因果関係

原告は、頭部打撲等の傷害を受けたと主張する一方、心因性疼痛症とも主張するが、本件事故は、後退中の被告車両が、佇立していた原告に接触したという程度のものであって、原告の受けた衝撃はごく軽微なものである。現に、原告には肉眼で見分けられるような外傷はなく、いずれの医療機関においても、レントゲン写真、CT、MRIなどに異常所見が全くなく、神経学的異常も認められていないのであって、原告の受傷が重篤なものでなかったことは明らかである。

2  原告は多数の医療機関を転々としているが、その治療は本件事故と因果関係はない。原告の精神的素因が関与しているものである。症状は平成四年六月末ころには既に症状固定の状態にあって、平成七年になっても何の治療効果も上がっていない。平成四年七月以降の治療は本件事故とは相当因果関係がない。

そして腰部痛、背部痛の症状に改善が認められないことからして、こうした疼痛は心因的要因に基づくものと考えられる。仮に平成七年六月末まで症状固定になっていなかったとしても、平成四年七月以降も治療を要したのは、原告の心因的要因に基づくものであり、かつ専門医への受診を勧められながらこれを拒否して適切な治療を受けなかった原告の責任に基づくものであるから、衡平の原則に鑑み、原告の寄与度に応じて過失相殺に準じて損害額の減額をすべきである。

3  心因性疼痛は、本件事故とは相当因果関係がない。各医療機関の記録にも、事故の恐怖や衝撃についての訴えは記録されていない。心因性疼痛との診断は、平成九年八月になされているが、事故から六年を経過しており、この間、原告は平成七年一月の阪神淡路大震災で自宅を失い(全壊)、同年八月末ころまで避難所生活を余儀なくされていたのであって、多大な精神的ストレスを受けてのちのことである。

4  仮に、原告に本件事故と相当因果関係のある損害が生じたとしても、本件事故は、被告がゆっくりと駐車予定地点方向に自車を後退させていたところ、原告が傘をさし、ウォークマンを聞きながら、左右の安全を確認することなく、漫然と道路を横断しようとしていたのに衝突したものであるから、原告にも一定の落ち度があることは明らかである。過失相殺すべきである。

5  本件事故の状況によれば、原告は事故の発生により一般に生じうる損害を当然了知したはずであるから、事故発生から三年の経過により、その損害賠償請求権は時効消滅した。

被告は平成七年四月一八日付け反訴答弁書で時効を援用した。

6  なお、被告は原告に対して、損害賠償金として、次のとおり合計三五五万〇八四一円を、平成五年六月一七日までに支払った(甲二五)。

(一) 治療費 佑康病院 九九万一六三〇円

神戸市立西市民病院 四万六〇四〇円

兵庫病院 四六万二一九〇円

横山接骨院 一九万五八六〇円

(二) 付添い看護料 二二万四五六四円

(三) 原告に 一六三万〇五五七円

第三判断

一  事故の状況

1  本件事故は、繁華街である元町駅南方の、東行き一方通行の規制のある道路で起きた。車道幅員は九メートルで二車線あり、両側に歩道がある。歩道との間には南北両側とも幅約一・六メートルの路側帯がある。衝突地点西方の交差点入口に設置された横断歩道から衝突地点までは九・三メートルである。事故当時、南側路側帯部分には、横断歩道との間に駐車車両が一台あり、その東方にも自動車一台の駐車が可能な程度の距離をおいて、同様の駐車車両があった。

2  被告は、軽四輪乗用車を運転して右の交差点を右折して、現場の道路のうち南側車線を東進し、二台目の駐車車両の北側付近に停止したあと、一台目の駐車車両との間の路側帯に自車を駐車しようとして、後退させていた。原告は、現場南側にある大丸百貨店内のアクセサリーの店からの退勤途中であり、傘をさしてウォークマンを聞きながら南側歩道から北に向かって車道を横断しようとして西方を見ていたところ、後退してきた被告車が後ろからぶつかり、原告はその場に転倒した。

3  被告は、原告を自車に乗せて、佑康病院に連れて行って受診させ、そのあと警察に届け出た。

(以上、甲二、被告本人、弁論の全趣旨)

4  右の点について、原告本人の事故状況に関する供述は、右認定に反する部分(駐車車両の間を通り抜けたところは人が通れる程度の隙間であって、車両を駐車できるような空間はなかった、と述べる。)は、駐車車両の台数、通り抜けた箇所に関する部分に矛盾があって、採用できない。

二  原告の傷害・症状など

1  原告は、衝突転倒後、縁石にしゃがんでいたのを、被告が手を取って被告車両に乗せ、佑康病院に連れて行った。座席では横になっており、被告が声をかけても返事はなく、病院到着時も自分では立てない状況であった(被告本人)。

連れられていった佑康病院での初診の診断病名は背部打撲、腰部打撲、左膝擦過であった。意識は清明であった。胸腹正面のX線写真では異常はなかったが、吐き気と嘔吐があり、原告は入院した(甲二一、二二)。

同病院のカルテ上、出血、内出血、腫脹の記録はなく、当日、背部、腰部の痛みが強かった形跡もない。

2  原告は、翌日、同病院で頭部、頸部、腰部のX線撮影、脳のCT検査を受けたが、異常はなかった。ただ吐き気が続き、全身倦怠感があるとのことで念のため絶食し、様子を観察するため入院が続いた。二日目には、頭痛や頸部痛を訴えたため、頭部打撲、頸椎捻挫の診断名が加えられた。ただ、吐き気があるといいながら、リンゴを食べたりし、帯下物があったことについて、医師から、事故との関連は薄いとして婦人科の受診を勧められたが、納得せず受診を拒否した。三日目には、その訴える脱力感や疼痛は原因不明であるとして、心因性のものと疑われた。その後も両上肢の脱力感、嘔気、頭痛、頸部痛、腰背部痛、両下肢の脱力感など多彩な症状を訴え、起立・歩行困難を訴えるものの、その部位は転々とし、漠然としたものであり、筋力には上下肢とも問題はなく、バビンスキー反射も陰性であるなど、神経学的な異常は認められず、その症状は精神的素因が大きく関与していると判断された。同病院では急性期の二週間を過ぎたころから、どんどん動くよう原告に指示したが、原告は脱力感や痛みを訴えるのみであった。結局、原告の訴える症状はさほど変わらないまま、四三日間入院して、二月四日に退院した(甲三、二〇の2、二一、二二)。

3  その後も、原告は、疼痛や脱力感を訴えて、別紙のとおり、転々と多数の医療機関に通院したが、状況は変わらず、全身(特に頸部から臀部まで背中側)の疼痛と、歩行困難を訴えていた。検査所見では異常は確認されていないが、前屈位の状態で一本杖をついて歩行し、背中を伸ばすと痛みが激しく、前屈位を続けているため筋拘縮、関節拘縮があり、筋力が弱化して、歩行は一〇メートル程度しかできない。平成四年三、四月には、西市民病院でも、各科を受診した結果、訴えが心因性であり、受傷後神経症あるいはヒステリーのカテゴリーと診断され、精神科受診を勧められた。このときも原告は精神科受診を拒んだ(原告本人、甲二三、二四、乙一ないし八、一〇、一一、一三の1ないし3)。

4  この間、被告から平成四年一二月に、本件の本訴(債務不存在確認訴訟)を提起され、その係属中、平成七年一月に起きた阪神・淡路大震災により、原告の自宅は全壊し、避難所生活を余儀なくされた(原告本人)。同年四月に原告は反訴を提起した。

5  平成四年以降、原告が通院を続けた新須磨病院でも、原告の症状が心理的要因によるものと疑い、精神科の受診を勧めた。そして、平成九年七月に至って、同病院医師や、原告訴訟代理人の勧めでようやく、原告は神戸大学医学部付属病院の精神科を受診し、一時入院もし、同科の安克昌医師は、原告を心因性疼痛症と診断した(乙一三号証の1ないし3、証人安克昌)。

6  同医師によると、原告の右傷病は、本件事故の衝突による恐怖と衝撃が痛みを誘発し、事故の処理や治療を通じて、他者(前記の入通院中の医療関係者)から痛みが理解されないことによる心理的ストレスにより、疼痛を生じ、慢性化し、固定化したものであるという。そして、その治療法は、その痛みを理解してやるという、精神科的なケアであるが、寛解の見込みは乏しい(証人安克昌)。

三  争点1、2(症状、素因減殺)について

1  右認定のとおり、原告の本件事故による受傷は、身体的には軽微なものであり、頸椎捻挫等による神経症状もさほど持続的なものではなかったと認められる。

2  安医師は原告の心因性疼痛症が本件事故による恐怖や衝撃であるとする。

けれども、原告が本件事故によって受けた恐怖心もさほど大きいものがあったとは思えない。突然の、一瞬の事故であって、衝突前に、車に跳ねられることを予見した、恐怖の時間があった訳ではないし、その後の被告との関わりにおいて原告が恐怖を覚えるべき事態があったとも見えない。各医療機関の記録にも、そうした恐怖の訴えは記載がない。ただ本件事故が、歩行中にいきなり後ろから衝突されるという出来事であるだけに、精神的な衝撃をも生じたであろうことは推定できるが、これとても、さほど重大なものとは考えられない。

本件事故は疼痛という形で現れる原告の精神状態の悪化を来した主な原因とは認めがたい。

3  むしろ、このような症状の発現や持続は、原告の精神状態が基盤となって、最初に入院した佑康病院で嘔吐感や帯下物などの身体的変調があった際に、同病院の関係者にこれらが十分に理解されていないと感じ、そのストレスから心因的に痛みが強くなり、かつ、持続するようになったものと推定され、以後に続く症状を招来したものと考えるのが自然である。その後の頻繁な転院も、原告が、ひたすらその症状が本件事故に原因する身体的変調に由来すると考えていること、そして行く先々の医療機関で、その原因について理解されないという不信感を抱いていることの表れと見られる。

4  してみると、本件事故は、原告の症状を誘発したと言える限度でその後の症状に原因しているということはできるが、その限度にとどまるというべきであるから、因果関係を有するのは、せいぜい一割程度と見るのが相当である。

四  争点3(過失相殺)について

前記認定からすると、車両の間を通り抜けて車道を横断するについて、原告が左右の確認を怠ったとは言えるが、東行き一方通行の道路(原告にとっては慣れた道路である。)を横断する際、西を確認したのみで、東方を確認しなかったからといって、損害の算定にあたり勘酌すべきほどの過失とは解されない。

五  争点4(消滅時効)について

原告の症状が本件事故以来継続していることは先に認定したとおりであり、その症状からして、何時かの時点において、原告が右症状によって発生する財産的損害を知ることができたとは言い得ないから、消滅時効は未だ進行していないと解するのが相当である。

六  争点5(損害)について

1  入院雑費

前記のとおり、原告は佑康病院と朝日病院に合計一〇二日入院したことが認められ、一日一三〇〇円の割合とするのが相当である。

1,300×102=132,600

2  休業損害及び逸失利益

原告は、本件事故当時、アクセサリーの店に勤務し、二五〇万二三七六円の年収を得ていた(乙九)。本件事故以来出勤できないまま退職し、以来、入院時以外にも、通院する程度で自宅で寝たきりで全く働いていない。前記のとおり、心因性のものであるが、将来も寛解することは困難と見られる。

そうすると、原告の、事故以降、一生稼働できない損害を被ったというべく、それによる逸失利益は、平均稼働年齢である六七歳まで三二年間稼働可能であったとして、新ホフマン係数は一八・八〇六〇であるから、次のとおりとなる。

2,502,376×18.8060=47,059,683

3  慰謝料

本件事故の態様、原告の負傷の状況、症状経過等を見ると、原告が本件事故により被った精神的苦痛に対する慰謝料は一八〇〇万円をもって相当とする。

4  治療費その他

被告から既に填補された損害として、別紙「弁済一覧表」のとおり、各治療機関に支払われた治療費が合計一六九万五七二〇円、原告自身が負担した治療費が八万七〇〇〇円、付添い看護料二二万四五六四円、通院費七万八九二〇円、付添い看護人実費が五万二六七六円、以上合計二一三万八八九〇円があることが認められる(甲二五号証、弁論の全趣旨)

5  以上によると、原告の本件事故以降の損害は合計六七一九万八五七三円となる。このうち、本件事故が原因として寄与したのは一割程度と見るべきであるから、六七一万九八五七円となる。

これに対して、既に被告から三五五万〇八四一円が支払われていることは争いがないから、これを控除すると、残額は三一六万九〇一六円となる。

6  弁護士費用

原告が本訴を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の経緯、右認容額等を考慮すると、弁護士費用としては金五〇万円が相当である。

七  よって、原告の本訴請求は、三六六万九〇一六円とこれに対する事故の日である平成三年一二月二三日から右支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法六一条、六四条、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 治療状況一覧表

(別紙) 弁済一覧表

(別紙) 損害額計算表 (7―302)

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